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2013年4月29日 (月)

父さん

父さんは眠れない
毎朝4時頃には目が覚める
 
 
一度目が覚めると眠れなくなるから
母さんのとこに行くんだって
 
『母さん、おはよ 起きてしもたら眠れへんわぁ』しばらく母さんと話す
 
 
いつもの笑顔で、そんな父さんを見つめる母さん。。
何も返事はしてくれないけどね
 
 
 
母さんが残した畑に行くと
『母さん、畑行ってきたぞぉ
玉ねぎがアカンかもしれへんなぁ』なんて話す。
 
 
 
毎日、何度も何度も母さんの前に座って色々話すんやぁ
 
 
優しい優しい顔で
でも、寂しそうに私に聞かせてくれた
 
 
 
葬儀が終わってから
だいたい毎日顔を見に行ってるけど
気丈に振る舞う中に
寂しさや不安を感じる
 
 
父さんには母さんしか居なかったから
一番寂しいのは父さんだよね
 
 
何気ない話の中
『それやったら、母さんと二人で行かなアカンなぁ……あっ、母さんいいひんのかぁ』
 
 
そんな時の父さんの顔は
見てらんなくて
 
 
 
昨日は何年か振りにうちに来てもらってね
一緒に、夕飯食べたんだぁ
 
 
鍵渡して『いつでも来てやぁ
 
 
笑顔で帰ってった父さんだったけど
一人で帰る家は静まり返り 
ドアを開ける父さんは、何を思うんだろ
 
 
 
まだまだ時間かかるよね
父さんも、私達兄弟も
 
 
ゆっくりゆっくり
大切に生きてこうね
 
 
 

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季楽

季楽


南草津になるのかな?
中華料理の『季楽』
友達三人で行ってきましたぁ
 
ランチなんてほんと久しぶりでね
楽しい時間を過ごせました
 
 
おすすめランチ 980円

このお料理に飲み物とデザートも付くんですぅ〜っ
 
 
女子に嬉しいランチかな
 
 
 
色々大変なときに助けてもらった二人だったから、本当に感謝してるんだぁ。。
 
 

 
 
 
なかなか美味しいので
おすすめですぞ
 
 
 

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本当のこと

本当は…3月までもたないって言われてた。
 
去年の10月
精密検査を受けた母さんへの
医師からの説明が曖昧すぎて
弟と二人で病院に詰め掛けた
 
そこで聞かされたのは
末期癌
 
余命は4ヶ月〜8ヶ月
何も出来ない…そう言われた
 
 
 
暗い病院で
二人声を上げて泣いた
なんで?   
なんで?
 
 
家で結果を待ってる両親のもとへ
笑顔で戻った
 
『大丈夫、母さんが聞いてた通りやったわ』
 
そう伝えるのがやっとだった
 
母さんへの説明は
大きな出来物、腫瘍マーカーも出てないのでまだ分からない
 
 
実際、腫瘍マーカーはあがらず
あの時点ではハッキリはしていなかったが
余命は?
 
そう聞いた私にはハッキリと4ヶ月〜8ヶ月と医者は言った。
 
 
そこから闘いが始まった
兄弟三人で何度も何度も話し合い
どこまで伝えるのか
どうすればいいのか
 
話し合ったけど、答えは出なくて
 
 
 
父さんに話したのは
一回目のカテーテルの日
 
 
声を上げて泣いた父さんは
『聞きたくなかった』そう言った
 
 
四人で話し合った結果 
『絶対に母さんに言うな』
それに従うことにした
 
 
50年連れ添ってきた父さんが
一番母さんの事を分かってるはずだから
 
 
『絶対に病魔に勝つ!』
『家族のために、必ず家に帰る!』
 
その気力だけで母さんは闘った
 
 
 
私は笑ってた
毎日、毎日、母さんの横で笑ってた
 
 
病室を出て、車に乗ると
溢れる感情を止められず
 
あああああぁぁぁーーーーっ!
大声を上げながら思い切り泣いた
何も出来ない自分を恨んだ
 
 
 
そんな中で婆ちゃんが死んだ
ボロボロの身体の母さんを連れて
九州に帰った
 
 
婆ちゃんのお通夜、葬儀もすべて
泣いたのは婆ちゃんが死んだからじゃない
近い将来、こうして母さんの葬儀をする事への恐怖から泣いた
 
すべてが母さんとかぶった
それは兄弟皆同じ気持ちだった
 
 
2月中頃
母さんの身体は限界だった
『3月は迎えられません』
 
愕然とした
 
どこかで奇跡が起こることを信じていた
母さんなら、この母さんなら治るかもしれない。そう信じてたから
 
 
脅威の精神力で3月を迎えると
『後早くて一週間、もって二週間』
無情な宣告だった
 
 
どんどん大きくなるお腹
身体中は恐ろしいほどの黄色
そんなときでも、母さんは笑ってた
 
 
そしてまた
『4月を迎えるのは無理です』
 
もう怖くなかった
母さんは大丈夫
全て塗り替えてきたから
 
 
もう、振り回されない! 
 
 
そんな中、4月1日に高熱を出した
そこから体調を崩して…
 
 
ファミリーって名前のlineも
母さんからのメールも
毎日つけてた闘病日誌も
 
3月30日で終わってる
 
 
 
あの日から歩けなくなって
起きれなくなって
痛みが出るようになって
壮絶な闘いが始まったんだ
 
 
それでも『母さん、負けないから!』そう言って笑ってた
 
 
痛みだけでも解放してあげたくて
家族で相談して、モルヒネの痛み止めを貼ってもらった
 
 
そしたら元気になって
起きれるようになった
 
 
私を抱き締めて頭を撫でてくれたのが火曜日
病院に泊まって水曜日も色々話した。
 
木曜日に泊まった時にはもう調子悪くて
妹と弟を呼んだ
 
金曜日の朝、声を上げて『痛い!痛い!』と言い出したから皮下注射のモルヒネに変えた次の日…母さんは逝ってしまった
 
 
金曜日に泊まってくれたえみちゃんが
母さんの様子がおかしいって朝の6時に電話をくれて。
 
私が病室に入る少し前まで
うーうーと苦しそうな声をあげていたらしい
眉間に皺を寄せ、苦しみに顔を歪めていたのに、私が着いたときには穏やかな顔で声も出してなかった。
 
手を握って『母さん!母さん、博子来たよ!』そう声を掛けた後…静に静かに息をしなくなった。
 
 
 
最期まで諦めないで
最期まで私達子供には泣き言を言わずに
苦し顔を見せないまま
 
母さんは逝った
 
 
 
『余命?聞きたくないなぁ、母さん聞いたら折れてしまうから聞いたりしいひんねん!』
 
そんな風に話してた
いっぱい悩んだけど
間違ってなかったのかな
 
最期まで諦めない母さんで
良かったんだよね
 
 
結局、医師から伝えられた余命を
何度も塗り替え
 
自分が病気を知ったときに『半年』だと感じた丁度半年で幕を閉じた
 
 
その話を聞かされた
四日後だった
 
 
母さん、よく頑張ったね
濃い半年だった
いっぱい話せたし、いっぱい抱き締めてくれた
 
 
43年間、ありがとぉ
私を産んでくれて、ありがとぉ
 
母さんの娘であることに誇りを持って
これからも頑張るから
 
 
 
家族4人の事は心配しないで
私達は大丈夫
 
 
母さんから沢山のこと、学んだからね
 
 
 
ありがとぉ母さん
 
 
 
 
 
 

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気持ち

気持ち


昨日は守山教室
一人、また一人来る度に
『大丈夫ぅ?大変やったねぇ』って
優しい言葉を掛けてくれる
 
 
ある生徒さんの娘ちゃんは
可愛い絵を描いてくれた
私と母さんの絵
 
 

また別の生徒さんは母さんにも
お花とかシュークリームとかしてくれてたのに『しおんちゃん、頑張ったから』って、大好きなレモンとゆず茶を
 
 
他の生徒さんもそれぞれに、これからも色々大変だからって優しい気持ちを
 
 

 
 
 
ほんとに、ほんとに    
 
 
 
 
今回の事でね
たくさんの優しい気持ちに支えられました
 
 
 
折れずにここまで来れたのも

その優しい気持ちのお陰です
 
 
 
 
ほんとに、ほんとに
ありがとぉ
 
 
 
 

でね、昨日は話が盛り上がって
7人いたんだけど、その内
子供がいる5人全員が同居してる事が分かってね
 
 
そこから同居の極意で大盛り上がり(笑)
12時までの教室が、気付けば
『13時過ぎてるやん
 
 

優しい気持ちと
楽しい気持ちに包まれた守山教室となりました
 
 
 
 

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2013年4月28日 (日)

初七日

初七日


あっという間の一週間でした
昨日は初七日で
親戚と沢山の母さんのお友達が来てくださいました
 
 
何度も何度も病室にお見舞いに来てくれてた母さんの友達の顔を見ると、お互いに沢山の想いが溢れてきて涙し
 
 
最高の笑顔の遺影を見ると
また…胸が熱くなった
 
 

遺影に選んだ写真は
今年の2月13日、三度めの入院中をしてすぐに弟が撮った写真でパジャマなんです
 
だから、もちろんすっぴんなんだけど
あまりにも自然で、あまりにも母さんらしかったから皆でこれを選んだ
 
 
どこから見ても
死を覚悟しているようには見えない笑顔だけど、母さんは全てを受け入れてたんだ。
 
 

 
この写真を前にするとね
初七日って言われても
まだまだダメダメで
 
 
この笑顔に
この笑顔の母さんに
 
やっぱり会いたいって
そう思うのでした
 
 
 
 
 

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2013年4月26日 (金)

命日

今日はダーママの命日 
あれからもう五年だ。
 
ダーママも癌と闘った
余命一年と言われ
丁度一年経った4月
 
静かに逝ってしまった
 
 
 
悲しかったし、辛かったけど
自分の母親は、その何倍も悲しい
 
 
そんな想いをあの頃のダーもしてたんだと
今頃になって気付いた
 
 
 
母親の存在は大きい
 
 
『人生観が変わるぞ』
ダーがそう言った
 
 
 
そうかもしれない
何かが私の中で変わった
 
 
 
ダーママに報告をした
『母さんもそっちに行きました』
線香の煙がかすかに揺れた
 
 
 
 
教室のお客様からお手紙をもらった
『私がお母さんになってあげる』
そう書いてあった
 
 
頼れる母が私にはたくさん居る
 
父さんも生きてる
兄弟だっている
そして、守ってくれる旦那さまがいる
大切な友達がいる
 
 
 
私は一人じゃない
 
 
泣いてたら、母さん心配するよね
お姉ちゃんだから、しっかりしないとね
 
 
きっと母さんはすぐそばに居る
あの笑顔で私達を見てる
 
 
 
きっとダーママも一緒に
 
 
 
 

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2013年4月25日 (木)

散歩

仕事終わってそのまま家に帰ったのは何ヶ月振りだろぉ。

まだ、外は明るくて
ハナミズキが赤、白と交互に咲き乱れる

明るい家が居たたまれなくて
瑠奈を連れて散歩に出た

久しぶりの散歩に飛び跳ねるように歩く瑠奈

いいお天気で
風が心地よかった

あれ?

涙がこぼれる

止まらない

泣きながら散歩してるなんて
私くらいだな

母さん、まだ私ダメダメだぁ
母さん、会いたいよ

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2013年4月24日 (水)

アクセサリー教室

アクセサリー教室


今週は第四土曜日、日曜日
アクセサリー教室の週ですが
 
初七日が土曜日になったので
彦根教室はお休みになります
 
勝手してごめんなさい。
 
来週か、来月にするので連絡お待ちしています
 
 
守山教室は予定通りするので

お越しくださいまし
 
 
 
コットンパールのネックレスなので、とっても軽いです
 
ホワイトとピンクでお待ちしています
 
 
心配掛けてごめんね

たくさんのメールありがとぉ
 
お通夜に来てくれた皆も
本当にありがとぉ
 
 
 
私は大丈夫です
 
 
 

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納棺

4月21日10:30納棺
真っ白のレースのついた小さな箱に
母さんが入れられた
 
 
初めて入院した日に
目に付いた暖かそうな膝掛けを買った
 
リボン掛けてもらって
母さんに渡したんだ。
 
 
どの写真にも写ってる
茶色で水玉の膝掛け
ボタンがついてて肩からもかけれる
 
毎日、毎日、それを肩からかけ
眠るときも身体にまとって眠った
 
 
『博子を感じられるから』そう言って
退院した実家でも、逝ってしまうそのときまでずっと母さんを包んでた
 
 
 
えみちゃんに聞いた
『姉さんが、これだけは必ずお棺に入れてやって、そう言ってたんやで』
 
 
 
たまらなかった
どんな想いでそんな事を話してたのか
いつから覚悟してたのか
 
 
 
母さんの願い通り
その膝掛けで母さんを包み込んで納棺された
 
 
一緒に闘った、ひつじの秀夫と
母さんを励ましてくれた寄せ書きと
えみちゃんがくれたピンクのハートのクッションと
 
大好きなグレープフルーツに林檎
 
いつも頭に巻いてた
お婆ちゃんのスカーフはリボンにして母さんの首に置いた
 
 
ほんとに母さんは綺麗で
でも…冷たくて
 
 
家族、兄弟、たくさんの親戚に見守られながらの納棺でした。
 
 

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実感

あっという間でした
バタバタと背中を押されるような感覚で
終わりました。。
 
 
お通夜に270人
告別式に204人
 
 
とんでもなく沢山の人が
母さんの為に足を運んで下さいました。
 
本当にありがとうございました。
 
 
 
セレマの担当者の方が
主婦の葬儀で、ここまで人が来たのは初めてだと。
『凄いお母さんやったんですね』
そう言ってくれました。
 
 
 
でもまだ…実感ない。
 
まだ…会えるような気がして
実家に帰れば『お帰りぃ』って
あの笑顔が見れるような気がして
 
 
 
私はまだ子供のままで
母の死を受け入れられなくて
 
 
母が息をしなくなってから
あっという間に親戚や母さんの友人が病院に駆け付けてくれたことでさえ
イライラしてしょうがなかった
 
 
大阪から駆けつけた弟に
充分な時間さえ与えられず
 
ドヤドヤと人が入り
母さんを囲む
 
 
感謝すべき事が、私の神経を逆撫でした
 
 
母さん、母さん!
まだそこにいたかった
まだあたたかい母さんに触れていたかった
家族だけで母さんを囲んでいたかった
 
 
 
母さんの身体を拭いて
頭を洗った
勝負の赤色を着せてあげて
綺麗にお化粧をすると
 
母さんは本当に綺麗で
今にも目を覚ましそうなくらい
穏やかな顔をしてた
 
 
 
いつものよう眠っているだけのように見えるのに、白い布で包まれエレベーターで地下に運ばれる。
黒い車が待ちかまえていたように母さんを乗せて走り去る。
 
 
ひとつひとつの事が
スクリーンで映画を見てるような
そんな感覚だった
 
 
実家に帰ると
もうそこには母さんだけじゃなく
親戚が何人も居て
 
 
私達より先に帰って
お布団用意したり
掃除したり
一生懸命手伝ってくれたんだけど
 
 
そのまま親戚一同でセレマの人を囲んで
いろいろ決まってく
 
 
待って!
待って!
 
 
頭ん中がぐるぐる、ぐるぐる回って
思考が停止する。
 
 
 
何故か、人が居ることにイライラして
親戚に当たってしまう
 
 
静かにしてほしかった
母さんの側にいたかった
 
ただ、それだけなのに…。
 
 
 
 
私はただの子供だった
大人になりきれない
甘えたの子供だった
 
 
 
 
時間は無情にもどんどん進む
いろいろな事が決まって
家族だけになれたのは夜になってからで
もう母さんは冷たくなってた
 
 
 
母さん
声をかけても起きてくれない
少し笑ってるかのようにさえ見えるのに、目を覚まさない
 
 
 
コルクボードに母さんの写真を貼る事にした。
 
 
面会謝絶が多かったから
闘病中の写真と
それまでの写真と
いくつかの家族写真
 
兄弟三人で作った
 
 
どの写真も笑ってる
嬉しそうに、幸せそうに笑ってる
闘病中に見えなかった
いままでの写真の中で
一番の笑顔に見えた
 
 
 
 
父さんは、母さんの横に布団を敷いて
すぐそばで眠った
ポロポロと涙を流しながら
ほとんど朝まで眠れなかった
 
 
 
 

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2013年4月21日 (日)

7:39

4月20日 7:39

母さんが息をしなくなった
まだあたたかいのに
息をしないから

母さん

そう呼んでも応えてくれないから


でも、とてもとても穏やかで
優しい顔で
ほんとに寝てるみたいで

家族に見守られながら
母さんは逝きました


最期の瞬間まで諦めず
闘い抜いて逝きました


たくさんの皆さん
ありがとうございました


ほんとうに
ありがとうございました。。

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2013年4月19日 (金)

時折…何かを探すように手を伸ばす
黙って握ると、落ち着いたようにまた眠りにつく。


短く切りそろえた爪は
掻きむしった血で赤くなり


目尻から耳にかけて
白いカサカサした線がついてる

涙の後

握った母さんの手に頬を付けると
あったかい
とても、あったかい


母さんは生きてる。。
生きてるんだ。

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母さんは起きない
目を覚まさない


時々掻きむしるけど
目は開かない


私は今ままで以上に何も出来ず


ただ、母さんの寝顔を眺める
手を握る
頭を撫でる


『母さん』

呼んでも返事は無い


脳症…だそうだ。

昨日、私が病院に着いたとき
優しく笑ってくれたのが

私に向けられた最後の笑顔

もうすぐ、モルヒネが打たれる
全ての痛みが取れる
痒いという自覚も無くなるらしい

最初は眠ることが増えるけど
上手く痛みをコントロール出来たら
ふっと話せるようになることもあるって。


また、私の目を見て
優しく『博子』って呼んでくれるかもしれない。
また笑ってくれるかもしれない。

それを信じて
それを祈りながら
ただ、側にいる。


何も出来ないまま
時間だけが過ぎてく


大切な時間だけが
ものすごいスピードで過ぎてく

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座薬が効いたのか
少しの間は穏やかに眠ってたけど

時々痛むのか
小さく唸ったり
ボリボリ痒みと闘ってた


でも、トイレに起きる事は無く
朝方5時ころに、大きく唸り始めて
痛み止めの点滴をした。

もう…自分で何も出来なくなった。

朝になっても目を覚ます様子もない。


パジャマは掻きむしった身体からの
血が滲み出て

足は弾けんばかりに腫れ上がってる


もう、足湯も足ツボマッサージも出来ない

それでも寝顔は…穏やかで

痛みが無くなっただけでも
良かった。

もう話せないのかな
もう私のこと分からないのかな

母さん

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2013年4月18日 (木)

一日

一日一日様子が変わる
昨日朝から父さんと三人でカップヌードルを食べた。
『朝かラーメンなんて』なんて言いながら笑った。。
 
 
お昼はだんご汁を飲んでくれた
ソーメンじゃなくて、焼きそばだったから結局だんご汁以外は何も食べれなかったけど。
それでも、いろいろ話して足湯して足ツボマッサージが気持ちいいって言ってた。
 
 
 
 
昨日の夜から、何も食べれなくなった
お箸を持つ手が震える
パンパンに張った足が痛いって言う
便が出ないお腹が痛いって言う
 
 
痛み止めも効かなくなった
 
 
 
昨日とは全然違う母さんが
そこにいた。
 
 
 
『痛いぃ〜っ、痛い、なんでこんなに痛いの』顔をしかめて看護士さんに詰め寄る
 
手は震え、顔は痛みに歪み、言葉は力なく途切れ途切れ
 
 
『辛い…辛いぃ』口からこぼれるのは苦しみしか無い。
 
 
 
 
妹と弟が来てくれた
 
少しの間、弟の手を握り
『辛かったぁ…でも、母さん負けないから!』弱々しい声で話す
 
 
愛子も来てるよ、そう声をかけると
表情が一瞬緩み『愛も来てるのぉ
ほんの少しいつもの母さんに戻った。
 
 
今は座薬が効いたのか穏やかな寝息が聞こえる。
 
 
結局、何も口にしなかった。
 
 
 
 
 
 
母さん、側にいるからね
ずっと母さんの側に居るから。。
 
 
 
 
 
 
 
 

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2013年4月17日 (水)

だんご汁

だんご汁


ハルママが送って来てくれた
だんご汁を作って母さんに持ってった
 
『お味噌の味が美味しいねぇ
嬉しそうに飲んでくれたけど
中の具はほとんど食べれなかった。
 
 
ほとんどの物が甘く感じて
食べれなくなってる。
 
唯一、柴漬けだけが

味の分かる食べ物になった。
 
 
 
 
『母さん、ごはん食べさせてくれるぅ
そう電話して、休みの日はいつも実家にいた
『お昼ご飯になると来るなぁしおんは
そう言いながら、いろいろ作ってくれた
 
 

半年前までは、それが当たり前で
いつまでも続くと思ってた。
 
 
だんご汁
よく作ってもらったなぁ
 
母さんは、だんごから作る
小麦粉を練ってね、器用にまるめて伸ばして二つに裂くんだぁ。
 
 
よく一緒に作ったな
 
 

 
懐かしい味のだんご汁なのに
少し寂しい味がした
 
 
 

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MINI

MINI


あっしの車のボンネットが
変わりましたぁ〜っ
 
 
ダーが新しくデザインしてくれまして
プリントして貼ってくれたんですな
 
 
気分変わっていいかもぉ
 
 

 

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青い花

青い花


えみちゃんが持ってきてくれた
青い花
 
 
名前は知らないんだけど
可憐で可愛い
 
 
今朝は父さんと三人で
何故だかカップヌードルを食べました
 
 
何食べでも同じ味に感じる母さんが

試してみたかったみたいで(笑)
 
 
なかなか美味しかったようです
 
 
今は山盛りの薬と格闘中
 
『生きるため、生きるため』呪文のように呟きながら。。
 
 
 

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大切な時間

目覚めは最悪だぁ…
目は腫れ上がって
化粧したまま寝たから、顔はパキパキ
乾燥した病室で、喉も痛い
 
 
いかん、いかん!
昨日は取り乱してしまったなぁ
 
 
ははは(笑)
 
笑ろとこぉ〜っ
 
 
 
 
 
泣いてる場合じゃ無いねん
大切な大切な時間を
泣いてどぉすんねん!
 
 
 
あれだけのことを理解し
受け止め、取り乱す事も無く
凛としてる母さん
 
 
 
 
その娘なんだもん
大丈夫だ!
 
 
 
大丈夫だ!
 
 
 
 
もうすぐ父さんが来る
今日も大切な時間を笑顔で過ごそう
 
 
 
 
 

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2013年4月16日 (火)

覚悟

母さんは何もかもお見通しで
いつも通り
何も変わらず接してるつもりなのに
『何かあった?』
そう聞いてきた。。
 
 
最近、いろいろな事で悩んでて
仕事の事でも必死で
そんな中で、自分の気持ち押し殺して
周りに気を使ったり
変な遠慮したり
 
 
そんな事、全部母さん分かってて
『アホやな
そう言って抱きしめてくれた。
 
 
なんか…いっぱいいっぱいになってて
色んな事を考えすぎて
パンク寸前だったのかもしれない。
 
 
 
私を抱きしめながら
『半年やって、10cmの癌があるって知ったときに半年やなって思ったんや』
 
そう話し始めた
 
 
『自分で解る、全く癌の治療はしてないし、どんどん大きくなるお腹、浮腫も治まる気配もないし…解る。覚悟出来てるんや』
 
 
初めてだった
私の前でそんな事を話す母さんは初めてだった。。
 
 
身体が震え、涙を堪える私に
『母さんはええねん、残されるあんたらが可哀想で、どれだけツラい想いをさせるか…それだけが心配なんや』
 
もう涙を堪えることは出来なかった
 
 
優しく優しく私の頭を撫でながら
『もう、その時が来たんやわ
母さん諦めてないけど、覚悟も出来てる
全部解ってるけど、鬱にはならないよ。母さんは大丈夫やから』
 
 
この半年間、張り詰めていた何かが
音を立てて切れたような気がした
 
 
私は泣き崩れ
母さんにしがみつくのがやっとだった
 
 
母さんの覚悟は
私が避け続けて、決して受け入れられなかった現実を叩き付けた
 
 
穏やかで
とても優しい口調だったけど
『しおんも覚悟しておきなさい』
 
 
そう言ってるようだった
 
 
 
 
真っ暗な病室の中
母さんの寝息だけが聞こえる
 
 
いつもと変わらない寝息
昔から何も変わらない寝息
 
 
 
なんで?
 
なんで?
 
 
 
母さんを助けて
 
 
 
 
 
 
 

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2013年4月15日 (月)

大分からの

大分からの


宮崎に引っ越したハルママからの贈り物が届いた
 
わざわざ大分まで行って
いろいろな物、たくさぁ〜ん
送ってくれたんだぁ
 
 
母さんが好きな柑橘系
大分名物だんご汁

かぼすジュースも酸っぱいから母さん飲めそうだし
 
どんこ椎茸も大分名物
キムチの素は母さんが大分に帰ると必ず買ってきた大好物だ
 
 
ずっと、ずっと考えて
いっぱい、いっぱい悩んで
遠い大分まで行って買ってくれたんだね
 
 
 
声、掛けられないって言って

ダーに何度も連絡してくれて
遠い宮崎で心配してくれてたんだ
 
 
 
電話できなくてごめん
そんなハルママの想いに泣いちゃいそうで
声、聞いたら崩れてしまいそうで
ほんとに…ありがとぉ
 
 
明日、母さんに届けるね
きっと喜ぶ

絶対に喜ぶよ
 
 
 
 
優しい、優しい想いをありがとぉ
沢山の時間と精一杯の気持ちをありがとぉ
 
 
今は何も返せないけど
この想いは、一生忘れない
 
忘れないから。。。
 
 

 
 
皆の…沢山の友達の気持ちや想いは
絶対に一生忘れないから
 
 
 
ありがとぉ
 
 
 
 
 

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ありゃまぁ

ありゃまぁ


ピンクのくまさんバラバラ事件
犯人は…瑠奈さんですぅ
 
 
今年五歳を迎える瑠奈さん
今まで一度も物を壊したこと無いんですぅ
 
 
コードとか、スリッパなんかも
噛んだ事無いしね
 

 
 
ついこないだ
いつも通り仲良く遊んでるもんだと思ってたら
 
 
腕が無いいいいいい
 
 
 
ストレスなんでしょぉ〜か
有り余る愛情からでしょうか?
 

 
無くなった腕はいまだに出てこず
迷宮入りになりそうですぅ
 
 
 

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痛み

母さんから痛みが消えた
4月5日から痛み止めを使うようになったから
 
 
ベットから起きあがるだけで
トイレに行くだけで
些細な動きでさえ唸るような声をあげながら痛みと闘ってた
 
 
その痛みからは解放された。
 
でも、痒みには効かないらしく
身体中のかさぶたは増えるばかりで
 
耳の中にまでかさぶたがある
 
 
 
 
慢性の寝不足
ひどい倦怠感
たまらない痒み
破裂せんばかりに大きくなるお腹
腫れ上がる足
 
 
 
穏やかに見える寝顔の裏には
それだけの苦痛を抱え必死に生きてる
 
 
 
愚痴をこぼすこともなく
わがままさえ言わない
 
 
いまだに家族の事を心配し
励まされる
 
 
 
どこまでも強い母さんだけど
その強すぎる心は何度も折れて
ボロボロなんだ。
 
 
 
痛みが取れた事で
考える余裕が出来てしまった
寂しさを感じるようになった
 
 
ひとつ取り除くと
またひとつ増える苦しみ
 
 
何が良くて
何が悪いのかさえ見えなくなった
 
 
 
それでも…痛みに歪む顔や声を聞かなくなった事は、側にいる家族も救われる
 
 
 
明日は月曜日
夜まで病院に行けない日
 
 
何も出来ない時間が私のストレスになる
 
 
 
しっかりしなきゃな!
 
 
 
お姉ちゃんなんだから
 
 
 
 

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2013年4月14日 (日)

お花見

お花見


熱を出したあの日から
散歩も出来なくなったから
 
久しぶりに車椅子でいつもの
散歩コースを回ってみた
 
 
 
日曜日の病院は静まり返って
いつもと違う表情を見せる
 
 
シーンって音が聞こえそうなくらいの病院をゆっくりゆっくり散歩する
 

 
ちょっとした休憩スペースがあって
その前の大きな窓から中庭が見えた
 
 
そこに沢山の花が 
『あれは桜草で、あれは水仙、あれは…』花の名前を教えてくる
 
 
遅くなったけど

お花見、出来たね
桜…草だったけどっ
 
 
少し体が冷えたから
部屋に戻って足ツボマッサージ
しっかり暖めてからお昼寝です
 
 
次に目が覚める頃は夕飯かな
 
 

 
 
おやすみ母さん
 
 
 

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しあわせを運ぶ

しあわせを運ぶ


しあわせを運ぶ
てんとう虫チョコ
 
母さんが立ち上げた
『ドラえもん劇団』の劇団員さんからの差し入れです
 
 
お手紙と、取れたてのタラの芽と一緒に
そぉ〜っと玄関に置かれてた
 
 

何度もそうして
いつもそうして
コッソリ愛情が届く
 
 
このチョコを買うと、ガーナの子どもたちの教育支援に役立つそうです
 
 
『あの人らしいなぁ
って微笑む母さん
 

 
 
とっても甘くて
優しい味がしました
 
 
 
 

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スヤスヤ

母さんは眠ってます
気持ちよさそうにイビキをかいて
 
妹が帰ったのも
父さんが来たことも
私が居ることも知らないまま
 
 
スヤスヤ眠ってる
 
 
妹とはゆっくり話せたみたいで
今朝も調子は良さげだったらしい
 
 
桜を見せてあげれなかったから
部屋中に桜の写真を貼ったんだぁ
 
 
カメラが趣味の生徒さんが
桜を沢山撮ってたから
お願いして、プリントしてもらった
 
 
 
目が覚めたら喜ぶかな?
 
 
お昼ご飯には、大好きになお好み焼きを
焼いてきた、今日は食べれるかな?
 
 
母さんの寝顔を見ながら
いろいろ考える…穏やかな時間が愛おしい
 
 
 

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2013年4月13日 (土)

優しい我慢

今夜は妹が泊まるんだぁ
三人の子供を抱えながら
お父さん役もこなしてる妹だから
なかなか泊まるのは難しくて
 
 
母さんがね
『父さんも泊まった、えみこも泊まった、しおんも泊まったから後は愛子と泊まらないと…。』そう言ったから
 
 
きっと、妹といろいろな話がしたいんだと思った。
 
 
その想いに応えて
妹も三人の子供達を言い聞かせて
なんとか時間を作った
 
 
だから…今日は我慢
 
 
母さんの病気が分かってから
何があっても毎日病院に通った
行かないと不安で、会わないと怖くて
 
 
だけどね
それは私の勝手な想いなだけで
妹は妹の想い
弟は弟の想い
 
 
だから、そっと二人にしてあげよぉ
 
 
二人だからこそ話せる事もある
大切な大切な時間だから
 
 
 
半年振りに18時に家に帰る
瑠奈がくるくる回って喜ぶ
 
 
19時に食べる夕食がなんとも新鮮で
 
ふふっ
 
こんな生活してたんだなぁ。。
 
 
 
妹のお陰で
私も大切な時間を過ごせたのかもしれないな
 
 
 
 

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病室の近くにラウンジがあって
そこには大きな窓がある。
 
真っ正面に見える三上山を
よく母さんと眺めた
 
 
 
初めて入院した
去年の11月
 
 
毎朝6時に起きて、三上山を見るのが
母さんの日課だった
 
 
夜になると、街に灯りがともり
同じ窓からそれを眺めた
 
 
 
車椅子で久しぶりにラウンジに行って
何を話す訳でも無く二人並んで山に目をやる
 
 
『あっ、左から晴れてきたよ』
くすんだ灰色からだんだん澄んだ青になる様を二人で眺めた
 
 
『頑張っても、頑張っても何も見えないとね……』言葉を詰まらせ暗い表情をして『心が折れる』そう呟いた。
 
 
そんな中、厳しかったかもしれないけど
『歩いてみよっか?』
 
 
歩けなくなって12日
歩く練習をした
 
私の足だと大きく一歩ほど
ベットから車椅子を離して
そこでロックをかける
 
 
自分の力で立った母さんの手を
しっかりと握り締め
足を一歩また一歩づつズラすように歩く
 
 
ヨチヨチ歩きみたいだけど
一歩、二歩、三歩って自分で数えながら
七歩目でベットに辿り着く
 
 
『歩けたぁ〜っ
嬉しそうな母さん
 
 
 
希望の光が見えない暗闇の中
久しぶりに見た前向きになろうと努力する姿
 
心が折れて壊れそうなほど不安だったんだね
 
 
 
歩けて良かった
自分の足で歩けるようになったら
浮腫だって少しは治まるよ
 
 
少しづつでいい
諦めないで一緒にゆっくり頑張ろぉ
 
 
 
また、自分の足で
あの山を見られるように
 
 

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2013年4月12日 (金)

力


昨日の朝、いつも通り仕事に出掛け
準備をしてたら、玄関に人影が…
 
それは、ナナママでした
 
 
大きな紙袋を抱えて
仕事場と反対方向の栗東駅まで来てくれた。
 
 
毎週、毎週一緒に過ごした
ナナママの顔見たら、ゆるんじゃって

 
 
『お母さんには沢山お見舞いあると思うので、私は先生に
そう言って紙袋を差し出した。。
 
 
私を心配して
いろいろ考えて
忙しい中、時間作って
会いに来てくれた
 
 

その想いが、気持ちが嬉しかったぁ
 
 
苦しみの中にも、そんな友達からの
暖かい気持ちが私の力となり
前へ進める。
 
 
毎晩、9時とか10時になってしまう
遅い晩御飯を、怒らず黙って待っててくれる旦那さまの優しさとか
 
 

いつ私が休んでも大丈夫なように
仕事に取り組んでくれてる仕事仲間とか
 
 
私を少しでも楽にさせてやろうと
お料理を作ってくれるお客さま
 
 
優しいメールとかお手紙とか
私を心配して会ったこともない母さんに
お見舞いをしてくれるアクセサリー教室の生徒さんとか
 
 
沢山の優しい心が

私の"力"の源になってんだぁ
 
 
ありがとぉ〜っ
ほんとに、ありがとう
 
 
 
 

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すかんぽ

病室に行くと
コップに草が生けてあった
『あっ、すかんぽ?』
 
それは道端に生える草で
子供の頃、母さんに食べれる草だよって教えてもらって一緒に食べたことがある。
 
 
少し皮をめくって、ガシガシしがむ
なんとも酸っぱいんだけどね
それが新鮮でよく覚えてる
 
 
えみちゃんが見つけて
懐かしいからって持ってきたらしい
 
 
その後、えみちゃんも合流して
懐かしい話に花が咲いた
 
 
結局、その草はすかんぽじゃ無かったんだけどねぇ。。
 
 
母さん、だるそうだけど
話し方はしっかりしててね
 
でも、浮腫は両脚になって
指で押すと、戻らない
 
冷え切って、冷たく冷たくなってる足を
マッサージして温める
 
 
 
歩けなくなった母さんは
飲み物ひとつ取れなくなった
 
薬を飲むためのヨーグルトさえ
自分では取れない
 
 
それがかなりのストレスになってるみたいで。。
 
 
そんなイライラがひとつ、またひとつ増える
 
 
かなり精神的に追い詰められてる。
入院して2ヶ月が過ぎた
 
高熱を出しだのは4月1日
歩けなくなって12日
 
 
ひとつでもいいから
元に戻ればいいのに……。
 
 
 
 

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2013年4月10日 (水)

友達

この半年の間ね、友達とゆっくり会ったり遊んだり全然してなくて。。
 
それを寂しいとか感じる余裕すら無かったんだけどね。
 
 
皆さ、密かにブログ読んでてくれて
心配してくれてんだぁ。
 
 
直接私には何て言っていいのか
分からないらしくてね
ダーにメールしてくれてたり
今は大変そうだけど、また絶対遊んでや!
 
なんて事を伝えてくれてんだって
 
 
 
 
なんかね…そういうの弱くてさぁ
胸、熱くなっちゃったよ
 
 
ありがとぉねぇ。
 
 
私自身は必死なもんで
そんな、声掛けれない感じに映ってることに気付かなくて。。
 
 
心配掛けてごめんなさい。
 
 
 
母さんね、高熱出してから
独りで歩けなくなって
お腹はまるで産み月の妊婦さん
足は倍ほどに膨らんで
よく眠るようになった
 
 
 
たぶん、その頃からブログ読んで無いと思うんだぁ。
 
 
母さんの病気が分かったとき
もうブログ書けないって思ったんだけど
 
 
母さんが『書きなさい』
『隠さず書いて、同じ病気の人やその家族の人が共感できるように書きなさい』
 
 
そう言うから
記録として、また書くようになった。
 
 
一番の読者は母さんだったから
母さんの楽しみにもなってた。
 
 
 
母さんが読めなくなった今
このブログに何の意味があるかなんて分からない。。
 
 
今は、私の逃げ場所なのかも
吐き出す場所が無いから
ここが唯一のそんな場所なのかもしれない。
 
吐き出せるから
毎日笑顔で母さんのとこに行けるんだ
 
 
 
読んでくれてる全ての人に
 
 
 
密かに心配してくれてる友達達に
 
 
 
母さんは今も必死で戦ってる!
母さんが戦ってる限り
私達家族は決して諦めない!!
 
 
私は元気です
だから、安心してねん
 
 
 
 
 

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分かる

一日中側に居ると分かる
 
 
夜、トイレや痒みで眠れないから
午前中の倦怠感はひどいもんだ。
 
 
動いてないのと、お腹の張りで
胃は圧迫されて食欲は無いから
寝起きの朝食はキツい
 
 
やっと頑張って食べ終わったのが9時過ぎ
そこから大量の薬と格闘すること30分
 
 
トイレ、体重測定、点滴2本
 
やっと全ての仕事が終わった頃
もう昼食がやってくる。
 
 
食欲も、味覚も無くなった母さんにとって食事は楽しみなものでは無い。
 
 
『食べれない、食べたくない』
 
そう言う母さんの気持ちが
やっと分かった。
 
 
 
だから、今日は起こさないでおこう
このまま眠らせてあげよう
 
 
痛みからも、痒みからも解放される
わずかな時間を、食べたくもない食事で潰してしまうのは残酷すぎるから
 
 
『母さん、スローペースだから』
よくそう言ってた。
 
 
ゆっくりでいい
時間はたっぷりあるからねぇ
 
 
 

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眠れる森の美女?

眠れる森の美女?


うひゃひゃひゃひゃ
 
ほんま、すんません
美女やなくて、ただのオッサンなんですがね(笑)
 
 
分かりますやろか?
 
 
これが、付き添いのベットですぅ
 
 

眠れる森…のイメージで兄弟が薔薇仕込んでくれましたが、まぁ夏にビーチで使うアレより小さい
 
 
164センチの私だと、足が出ます
 
 
しっかし…どこでも寝れる私は
全然
 
 

今も、そのベットの上でくつろぎ中
 
 
 
 
人間、慣れって怖いですな
 
 
 
 
母さんは、やっと朝の薬を飲みまして
さて、トイレに行こうかこのまま眠ろうか悩みながらのフリーズ中

 
 
 
こんな時は焦らず、急かさず
母さんに任せます
 
 
今日も森の音に包まれながら
穏やかな1日になりそうです
 
 

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当たり前

朝からいいオナラが出た
 
たったそれだけで、二人で喜び合う
 
『良かったねぇ、オナラ出たねぇ
 
 
 
当たり前だった事が、当たり前では無くなって…生きるために必死になる。
 
 
食べてないから出るものが出ない。
初めて泊まった日には、夜だけで7回
1リットル以上のオシッコが出たのに
 
こないだは夜中に一度だけ
 
今回は今が初めて
 
 
だからって朝までぐっすり眠れてる訳ではなくて…痒くてずっと掻きむしる。。
 
 
 
 
当たり前のことって
本当に大切で
生きてる証拠なんだな
 
 
当たり前のことが出来なくなるって
たまらなく苦しくて
精神的に追い詰められるんだな
 
 
 
今日も母さんは
出来る限り、自分の事は自分でしようとする
 
甘えないのが母さんなんだよね。。
 
 

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2013年4月 9日 (火)


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孫


今日はね、弟家族が大阪から来てくれました
一番小さい孫の湊は母さんの癒やし
 
 
ちっちゃな手で、母さんをギュッと握り締めてくれました
 
 
皆でご飯食べて、湊の写真見て
5月に産まれる妹の命を

緑ちゃんのお腹で感じることが出来た
 
 
 
ムニュゥ〜って目で見ても分かるくらい動く
母さんも、ずっとお腹に張り付いてた(笑)
 
 
 
母さん、今日は凄く調子が良くて
私が行ってから寝るまで4時間ほど

寝ることも無く、ずっとベットに座ってた
 
話し方もしっかりしてるし
昨日とは、いい意味で全然違う
 
 
今は、足湯をしてね
やっと全ての仕事が終わったから
『もう寝てもいいの?』って
 
 

ベットに横になった途端
クゥークゥと寝息を立て始めました
 
 
 
朝までゆっくり眠れるといいな。。
 
 
おやすみ、母さん
 
 
 
 

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変化

母さんの様子は1日1日変化する。
 
昨日の夕方から今日の夜まで
ずぅ〜っとえみちゃんが側に居てくれた。
 
座ったままでのシャワーも浴びれて
私が会いに行ったとき
抱きしめてくれた母さんはいい香りがした
 
 
ベットに座ったまま
少し眠そうな顔をして
『お仕事お疲れさま』って言いながら
強く強く抱き締めてくれたんだ
 
 
妹も来ててくれて
二人で肩を揉んだり、爪を切ったりして
母さんとの短い時間を過ごした
 
 
『もう仕事終わり?寝ていい?』
 
点滴や、食事、病院でする何もかもが母さんにとっては仕事らしい
 
『もう仕事ない?』
ニコニコしながら聞く
 
 
 
そうだ…入院した頃に話してた
苦手な薬も点滴も生きるための仕事だと思う事にするって。
 
生きるための仕事だと思えば
どんな辛くたって頑張る!
 
 
 
その意識が残ってんだな。
 
 
時々ふいにウインクしたり
変顔をして笑わせる
 
 
昨日まではそんな事しなかったのに…。
 
 
 
寝る前の痒み止めさえも
『今日は掻くからもういい、寝ていい?』
そう言ってベットに横たわる
 
 
オシッコの回数が減ったせいか
浮腫も昨日より酷い
 
 
1日1日変わっていく
そのスピードが早くなった
 
 
 
 
怖い
 
怖い
 
 
時間が経つのがたまらなく怖い
 
 
 

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2013年4月 7日 (日)

寂しい

寂しい


私を見送る寂しい表情の瑠奈さんです
長いこと遊んであげてないもんねぇ
 
夜居ないことも多いし
 
 
ごめんねぇ瑠奈
 

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たらの芽

たらの芽


母さんの畑で採れた“たらの芽”
一旦、実家に帰ってお昼ご飯に間に合うように熱々を持ってった
 
 
でも…舌の感覚が無くなって
味覚障害の母さんには味が無かった
 
 
唯一食べれてたソーメンでさえ
マズく感じるようになり
 
『生きるため、生きるため』そうつぶやきながら必死ですすった。

 
 
食べてないから、体力が無くなり
ソーメンつゆでさえ重いのか
傾け過ぎてつゆがこぼれる
 
 
なんでもない日常が
母さんには試練になった
 
 
YouTubeで流す森の音が気に入ってて
鳥の声やひぐらしの声に
『あぁ、九州に帰りたいなぁ』
そう言いながら遠くを見つめた

 
 
14時頃から横になり
森の音に包まれながら眠る
 
 
寝息が聞こえるのを確かめてから
病室を出た
 
 
 
今夜は母さんの妹のえみちゃんが
泊まってくれる。
 
 
ゆっくり安心して眠れるといいな
 

 
 
 

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側に

今日は妹が朝からずっと病院に居てくれて。
仕事してる私や弟に母さんの様子を知らせてくれた
 
 
側に行けない時間は
本当に不安でたまらない
 
 
でも、それぞれに家庭があり
仕事があり、生活がある
 
 
側に行けた者が、行けない者に
状況を伝えるのが私達兄弟の習慣になった。
 
様子を聞くと安心する
 
 
 
えみちゃんも来てくれたみたいで
二人で足湯をしてくれたって
 
 
えみちゃんが持ってきたシュークリームをひとつ丸ごと食べたのには驚かされた
 
 
仕事終わって来たときは、母さん眠ってて
側に妹が居てくれた。。
 
 
夕飯のころ
『明日の予定は?』って聞くから
『日曜日だから休みだよ、ここに来るから予定も無いよ』そう言うと
 
『じゃ…』って言いながら
両手を胸の前で合わせて、少し斜め向けて『泊まって』だって
 
 
昨晩は側に居て欲しい気分だったのかな
 
 
夜の点滴が無くなったからか
利尿剤が効かなくなったのか
 
トイレは一回
 
 
ただ、一晩中かきむしる。
 
妹が着替えさせてくれた新しいシャツは
すでに血だらけだった。
 
 
ガリガリ、ボリボリ、爪を立て
体中をかきむしる。
 
痒み止めを何度塗っても効かないようだ。
 
 
 
今は小さな寝息を立てて眠ってる
穏やかな時間
 
 
 
嵐も過ぎたようで、閉めたブラインドから光が差し込んでる
 
 
ずっとこうして側に居れたらいいのに…。
 
 
 
 
 
 

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2013年4月 6日 (土)

独りに

今から5年前、ダーママは胃ガンと闘ってた。
一年間の闘病生活の中
私は今と同じように、毎日病院に通った。

退院すればダーの実家に通い
娘の居ないお義母さんには
私しか居ないと思って通い続けた

胃を全摘したものの、スキルス癌だったダーママはホスピスに入る事になった。

それでも変わらず毎日通い詰め
好きな食べ物や、何でもない話なんかをして側に居ることがダーママの為だと…そう思ってた。

ある日、いつも通り病院に顔を出すと
『帰って!』そう言われ

私は取り乱した
何で?  何で?  
『お義母さんが帰ってって言うんです!
何かあったんでしょうか?』
ワンワンと泣きながら看護士さんに話した

今なら分かる

お義母さんは独りになりたかったんだ

私に会いたく無いとか
そんなんじゃなくて

自分と向き合って
独りなりたかっただけ

結局、私の自己満足だったんだと思った。

最期の言葉は『ありがとぉ』
震える声でそう言った

側に居る事を押し付けてはいけない
独りの時間はとても大切で
そのタイミングは本人にしか解らない

そんな話を母さんとしたときに
『母さんにも、そんな時が来るかもしれない。でもそれは決して会いたく無くて言ってるんじゃ無いんやで』
   

そうだね…分かるよ母さん
ダーママの気持ちが今なら分かる

だから、今夜は誰も付き添わない事にした。

独りがいい

母さんがそう望んだから。。

心配で不安で苦しいけど
母さんが望なら…そこはグッと我慢する

やっと分かったんだ。

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2013年4月 5日 (金)

明日から天気が悪いって聞いたから
今日、母さんに桜を見せたくて
 
 
なんとか車椅子で出てみようと思ったけど。
その想いは叶いそうにない。
 
 
起き上がる時の
『頑張れ!頑張れ!』って掛け声は
うぅっと呻き声に変わり
 
車椅子に移るだけで、顔をしかめる
 
 
声は力を失い
かすれた小さな小さな声で
『薬だけは飲まないと…』自分に言い聞かせているようだ。
 
 
桜は腹が立つほど満開で
平和の全てがそこにあるように咲き誇る
 
 
見せてあげたかったなぁ。
 
 
お昼は薬を飲むために
ソーメンを流し込み
 
下唇を噛み締めながら
薬を飲んだ。
 
 
眠るまでの間
川のせせらぎと、鳥の声をYouTubeで聞きながら、足をマッサージする。
 
 
 
20分ほどたった頃
かすかに寝息が聞こえてきた
 
 
しばしの休息
痛みと痒みから逃げれる
わずかな安らぎ
 
 
たぶん、14時過ぎには目を覚ます
利尿剤による尿意が眠ることさえも阻む
 
 
 
桜は…何にも知らずに
風に揺られ花びらを散らしはじめた
 
 
 
 
 
 

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免許

母さんが免許を取ったのは
ちょうど今の私くらいの歳でね


いろいろな
複雑な
子供の頭では理解しきれない何かがあって
家を飛び出した妹を探す為


夏の暑い日も
冬の寒い日も
夜中だって自転車でさがし回ったけど


自転車で行けない所まで行ってしまった妹にどうしても会いたくて免許を取った


夜中から朝まで親戚のおばちゃんの介護をして、昼間は仕事をしながら教習所に通った


もともと器用では無い母さんは
何度も『諦めた方がいい』そう教官に言われた。

それでも娘に会いたい一心で
空いた時間に父親の車で練習して
免許を取った。


私が嫁に行くときに、乗ってた車を母さんにあげた。

ピンクのキャロル
母さんが最初に向かったのは
妹の居る場所だった。


おかずを沢山作って後ろの座席に置いた
『一時間くらい掛かるんやけどな、後ろでカタカタ音がするねん。母さん初めてやったのに何も怖くなかった。会いたくて会いたくて…ただそれだけやったんやぁ』


ついこの間聞いた話
初めて聞いた話


母さんの家族への愛情は
大きくて深い

それは今も同じなんだぁ。

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足湯

昨日も母さんの調子は悪くて
起き上がる度に顔をしかめて
痛みに耐える

痒みは、どの薬も効かなくなり
頭までもかきむしる

頭を掻けば、腕が痒くなり
腕を掻けば、背中が痒い


爪を立ててガリガリ掻くから
シャツに血がにじむ


見てられなくて、一緒に毛中を掻いてあげた。
爪を立ててガリガリすると
『気持ちいいいぃ』少し落ち着く

『頑張っても、頑張ってもひとつも減らない…悔しいなぁ』声にならない声でそうこぼした。


倦怠感と痒み、高熱に加え
胃痛、浮腫が増えた


いつまでたっても見えない終わりに
クタクタになってる。


看護士さんが足湯をしてるの見てたから
お湯をお願いして、今日は私が足湯をしてあげると、温まり血流がよくなるのか、やっと目を開ける事が出来た。

足湯の後、顔を綺麗に拭いて
美容液たっぷりのパックをしてあげると
看護士さんが次々と母さんのとこにやってきて、『綺麗になるわぁ』『お肌プルプルやん』それぞれに声をかけてくれる。

皆、母さんの手を握りしめ
ケラケラ笑いながら母さんをいじる


『この何日か…笑顔が出なかった。
辛かったぁ。』ポロポロと涙を流しながら笑った母さん


看護士さんの仕事以上の優しさに癒される


食事頃、妹が来てくれて
一緒に足ツボマッサージをしてあげると、本当に気持ち良さそうで。。


リンパマッサージもすると、その時だけは浮腫が治まる。


でも、ほんの数十分でまた元のパンパンの状態になってしまう。

そんな繰り返しの状況の中でも
想うのは家族のことで


今夜の夕飯も、選択メニューだったんだけど鶏肉のどんぶり…しおんが来るからって選んだらしい。


鶏肉好きの私を想って、自分が食べたいものじゃなく、私の好きなものを選ぶ


『親ってね、そんなもんよ』そう言って笑った。


昨日は父さんが泊まってくれた。
今日はえみちゃん

少し落ち着くまでは、誰かが側に居ようって決めたんだ。


皆で守から
母さんを守るからね

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2013年4月 4日 (木)

やぎ座

朝起きて台所へ行ったら
瑠奈がオシッコをしてた
 
朝食に作ったピザトーストを
ひっくり返して落とした
 
 
ネットを見ようとパソコンを立ち上げたらフリーズしてて
 
じやぁ、携帯で母さんにメールって思ったら繋がらない
 
 
ああああああーーーっ!
 
 
叫びそうになった。
 
 
 
イライラがつのる
何かしらに腹が立つ
 
 
 
そんなとき、何気なく見たテレビで
占いのカウントダウン
 
 
一位はやぎ座
 
 
 
ふふっ
 
 
何イライラしてんだろ
しっかりしなきゃ
 
 
 
今日はいいお天気
笑顔で頑張ろう
 
 
 

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2013年4月 3日 (水)

本当は

蕾だった桜がそこら中で咲き乱れ始めた
菜の花も茶色かった田畑を輝くような黄色で埋め尽くす。


なんて綺麗なんだろう


なんて、思えない。

本当は、咲き乱れる桜を見るのも嫌
輝く黄色い菜の花さえも腹が立つ


春の訪れが憎らしかった

去年は母さんとお花見に二回も行った
一緒に写真を撮った

綺麗だと心から思えた

母さんに見せようと
何度も桜を撮したけど


まだ見せてない


同じ部屋の中で、窓越しに見える桜を
とんな気持ちで見てるんだろうって思うと見せれなかった


うちだけじゃない
世界中に病と戦う患者が居て
心配する家族が居る


解ってるけど

解ってるけど


なんで母さんが?
なんで?

何度も何度も何度も
頭の中で繰り返す

今年の春は嫌い
過ぎゆく時間が怖い

私の器はあまりにも小さくて
弱くて
情けなくて


それでもまた明日
笑顔で母さんのもとに行く

本当は…泣きそうなんだけど
戦う母さんには笑顔が必要だから

今日より明日がよくなりますように
この世に神が存在するなら

助けて欲しい
助けて

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それぞれの

それぞれの


またひとつ
綺麗なお花が届きました
 
弟の嫁ちゃんのご両親から
 
今まで頂いた沢山のお花はドライフラワーにしてずっと残しています。
 
ドライフラワーにするのは、私の役目になり、母さんに教えてもらって、上手く作れるようになりました
 

 
えみちゃんが、また愛情たっぷりのお弁当こさえてきてくれて
 
私は本当だったら食べに行くはずだったチャンポンを病院で作ってみました
 
 
 
でもね、味覚障害が出てるようで
味がしないって。
 
舌を見たら、赤いブツブツが出来てて

真っ赤だった。
 
 
今日が休みの父さんは、朝、昼、晩と三回のご出勤でね、来る度に近所の友達からの御手紙だとか、お見舞いのフルーツだとかを持って来てくれる
 
 
 
それぞれが、それぞれの想いで心配し
母さんの完治を願ってる。
 
沢山の人が母さんを想い祈ってる
 

 
そんな想いに応えようと
母さんは自分自身を奮い立たせ
『頑張れ!頑張れ!』そう言いながら自分の力で起きたり立ったりする事をやめない。
 
手伝わなくていい!
自分の力で大丈夫!
 
 
ハァハァ言いながら
激痛に耐えながら
戦ってる
 
 
戦ってるんだ。
 

 
 
 

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お泊まり

昨日、本当なら外泊で
私も実家に泊まるはずだったから
病院にお泊まり。
 
泊まってみると
いろいろな事が分かる。
 
 
利尿剤を入れてる母さんは一時間おきにトイレに行きたくなる。
 
ベットから起きるだけでも激痛が走り、車椅子、トイレの順に身体を動かすのも大変。
 
トイレだけでも15分、行って帰って10分
だいたい30分かかり、また眠っても一時間たつとトイレに起きる。
 
寝不足はピークを越し
娘の私にさえ『ごめんね、ごめんねぇ』
と気を使う。
 
 
朝までに7回
1130ccのオシッコをしても
足の浮腫はひどくなるばかり
 
 
お腹の張りのせいか、胃痛もうったえ始め
飲み物でさえ、吐き気を感じるようになった。
 
 
『悔しい』小さな声で何度も呟く
 
 
 
昨日は、珍しく家族5人が病室に揃い
母さんを囲んだ。
 
ほんとだったら、家で揃うはずだったんだけどなぁ。。
 
 
それでも、母さんは嬉しそうで
 
 
 
皆が帰った後、ベットを並べいろいろ話した。
 
 
母さんが介護をしてたときの話
免許を取った理由
車で初めて行った場所
 
 
 
ひとつひとつにドラマがあって
そのドラマの中を生き抜いてきたんだな。
 
 
 
今はスヤスヤと眠ってる
 
 
寝ている間は痛みもなくて安心
 
 
 
少しでも、痛みが取れるよう
ひとつで、ストレスを減らせるよう
 
 
一緒に考えようね
母さん
 
 
 
 
 

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2013年4月 2日 (火)

状態

車椅子に乗るようになった。
それはほぼ無理やりなんだけど…。
 
 
高熱を出してから、一気に弱ってしまった母さん。
 
 
ベットから起き上がるだけで20分ほど掛かる
 
トイレまでは、もう一人では行けなくなった。
 
 
 
看護士さんが、ポータブルトイレを勧めてくれてもかたくなに嫌がり。
車椅子での移動さえも拒んだ。
 
 
『自分の足で歩きます!』
 
母さんの強い意志だった。
 
 
 
でも、トイレに行くだけで
かなりの体力を奪う
 
 
 
お願いだから甘えて欲しい
今だけは頑張らないで欲しい
 
 
何度も言い聞かせ
やっと車椅子での移動だけは認めてくれた。
 
 
昨日は利尿剤飲んでもオシッコは出なかった。
 
張ったお腹は、母さんが動く度
激痛が走るようになった。
 
 
 
外泊するはずだったのに
桜見に行くはずだったのに
 
 
『お父さん、半チャンポンと半チャーハンも頼んで、餃子も食べようか?』
 
嬉しそうに話してた母さん
 
 
 
今は我慢の時だね
治まれば、また行けばいい。
 
 
何度も戦って乗り切ってきたんだから
大丈夫!
 
 
甘えてね
 
 
 
そのための娘なんだから
 
 

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